■マーケティング入門講座
第5回:組織病に気をつけよう
今回のテーマは組織病についてです。一般には大企業病とも言われていますが3人以上の会社にはほとんどこの病気は内在しているといえます。
第4回のマーケティング入門講座でエンパワーメントの重要性についてお話しましたので今回は2つの寓話をご紹介して組織病を治療する方法を考えて見ましょう。
第1番目は有名な「ゆで蛙の理論」です。
蛙を熱湯の入ったボールに放ってみるとものすごい勢いで飛び出す素晴らしい瞬発力を持っています。しかしながら、水の入ったボールに入れておくとじっとしています。ボールを徐々に暖めていくと蛙は気持ちよくなって目をつぶって寝た状態になります。そのままにしておくとやがてお湯になって蛙は目をつぶったままゆで蛙になってしまいます。
組織病も同じです。社員のマンネリ化もそうですし、特に経営者のゆで蛙は企業自体の疲弊をもたらします。経営の慣れが社内の変化に気づかず、社員から信頼を失っている、あるいは社員の士気が低下していることに気がつかないことが多いのです。
また、顧客ニーズや社会変化などの外部環境に適合しなくなっているのに気づかず、従来どおりの経営手法で会社が変化していない問題もあります。
さて、この組織病を治療する一つの手法として第2の寓話をご紹介しましょう。
ノルウエイに老人でイワシ漁の名人がいました。ご承知のようにイワシは「鰯」と書くように水揚げされるとすぐに弱ってしまいます。漁師たちがとって来たイワシは港に戻ったころにはみな死んでいました。ところが老人がとって来たイワシは港に戻っても元気に泳いでいます。他の漁師たちが不思議がってその理由をたずねた時、老人は生簀の中を見せました。
その中には一匹のなまず(鮫という説もあり)が入っていました。なまずが始終イワシの群れを追い回すのでイワシは常に逃げ回っていて泳いでいるというのです。
この寓話が示すように、組織がマンネリ化するとイワシの群れのようになりやすいので、そこにタイプの異なる第三者を投じることが重要なことです。
農業の活性化に必要な異端者としては「よそ者・若者・ばか者」などとよく言われますが、私は農業に必要な人材は「女性」であると思います。古くから長老・男性社会が農業を閉鎖的な産業にしたと思うからです。農業は自然や生物が相手ですし、近年は生産だけではなく加工や消費者を相手とした販売にも携わるとなれば女性にふさわしい産業ではないかと思うからです。農業の活性化は「女力」からといっても過言ではないでしょう。
JAMM取締役 林辰男
第4回:企業の活力は「エンパワーメント」から
食品偽装の報道が相次いでおり、その殆どが内部告発によるものだそうです。
企業の経営者や幹部からの指示を悪と思いながらも止むを得ず受けざるを得なかった従業員の心中はどのようであったか図り知れません。
偽装を隠蔽することの無いように企業に求められるのは、法令遵守、経営者の倫理観はもとより、具体的な情報開示による透明性や第三者によるチェック機関の設置も必要です。
さて、企業のマーケティング活動には消費者や取引先(流通・金融・資材・飼料・肥料会社など)、一般社会を対象とするアウター・マーケティングと株主や社員、パートなどの従業員を対象とするインナー・マーケティングがあります。
このインナー・マーケティングで重要な要素が従業員・スタッフを対象とした「エンパワーメント」です。
「エンパワーメント」とは「権力や権利を与える」という意味ですが、マーケティング用語としては「社員やパートなどのスタッフがより一層素晴らしいアイディアを出して、そのスタッフがイニシアティブを取ることを奨励し、そのアイディア遂行に当たって権限を与えること」です。
端的に言えば「社員にやる気を起こさせる、モチベーションを高める」ことが経営者の務めなのです。
私たちが訪ねる殆どの生産農家は社員の礼儀が正しいし、きちんとした挨拶が出来ています。社員のモラルの高い企業は取引先や消費者に良い印象を与えることになり、社員の一人一人が会社を代表しているのだということを経営者は忘れてはいけません。
近年、安全・安心というキーワードに象徴されるように、GAPやISO14001を取得する生産者も多く見られますが、私たちがその効果について尋ねると、どうも売り上げアップにつながるというよりも社員のモラルが高まったという回答が多く、ひいては生産性の向上や効率・能率向上、そしてコストダウンにつながるという結果になっているようです。
もう一つのエンパワーメントにつながる対策は、法人化であると思われます。法人化は社会的認知を得て、農業以外の一般社会と向き合わなければならず、自ずから社会的責任も持たなければなりません。従って、社員も社会の一員としての行動が求められるのでモチベーションアップにつながるのです。
食の安全・安心が求められる今日、「エンパワーメント」こそが企業発展の基盤となることは間違いありません。
JAMM取締役 林辰男
第3回:ブランドは「物語づくり」
食の不祥事が相次いで報道されています。数百年続いた老舗や全国的に有名な企業にまで偽装や不適切表示が指摘され、代表者がテレビで陳謝している光景を何か普通に見られます。
なぜ、このようにブランドの崩壊現象が起きるのでしょうか。実はブランドは企業が自社の商品に名前をつけて他社との差別化を図ろうと発想したものだからなのです。
しかしながら新商品に名前を付ければそれでブランドとは言えません。ブランドは「商品」や「モノ」のように形があったり、消費されるものではないからです。
ブランドとは市場に披露され、生活者に認知された時点から企業の持ち物から離れて、その企業や商品を認知、購入、使用したりする生活者の持ち物になるのです。ですから、ブランドは長期的な企業と生活者の関係づくりの中でお客様の心の中でじっくりと醸成されて熟成されていくのです、それはあたかも日本酒やワインと同じなのかもしれません。企業とお客様の心が通い合う共振作用なのです。
ですから一度確立したブランドはとても強く、一人歩きするのです。企業理念や企業行動の指針を的確にしかも端的に伝えるからです。ブランドの価値は価格決定や流通への影響を強くし、新商品開発にも有利ですし、コストの削減にもつながります。ブランドの確立は企業のマーケティング活動を容易にすることなのです。企業はブランドを通してお客様に語りかけ、信頼を約束し、ロイヤリティを確固とするものです。
お客様のニーズにあった商品やサービスの提供だけでは満足を与えられません。数多の企業や商品から自社の商品を選んでもらう回路をお客様の心に形成させるのがブランドなのです。企業の実態以上に大きく見えるブランドもたくさんあります。ですからブランドには企業や商品を代弁する役割があるのです。
一般の商工業製品と同様に農産物にとってもブランドづくりは大切でしょう。特に農業は風土や気象条件で変化するものです。ブランドは作り手の考え方、想いや農産物の成り立ち、さらにその地にまつわる様々な物語を持っていると思います。
その「物語づくり」から始まって、お客様との密接な関係づくりが望まれるのではないかと思います。
JAMM取締役 林辰男
第2回:「農」の原点は生活者の「食卓」
農業の生産現場を見ると、まだ生産物(作物)からの発想が多いのではないかと思われます。
しかしながら都市のスーパーやデパ地下、コンビニの棚には「生産物」ではなく、色とりどりのお総菜や加工品が所狭しと並べられています。
これは、生活者が米や野菜、魚や肉類を農畜産物としてではなく「食事」としてとらえていることを意味しているのです。
「食」は味わうだけではなく、命、安心、健康、美容、コミュニケーションの場づくりなど暮らしの原点にあるということです。
だからこそこれからの「物づくり」は、今までの生産者の作物発想から、生活者の「食」発想に転換しなければならないといえます。
そのためには、生産者と生活者が互いに信頼し合う関係を築く必要があるのではないでしょうか。
生産者は、生活者が食に対してどのようなニーズを持っているのか、農業に対してどの程度理解・関心があるのかを知る必要があるのです。
生産者と生活者の「関係づくり」こそがこれからの農業マーケティングに必要ではないでしょうか。この関係づくりに重要なキーワードとして「経験価値マーケティング」があります。
「経験(EXPERIENCE)価値」とは、単に過去に起こった経験を指しているわけではありません。「経験価値」とは、例えば私たちがショッピングをする時、その物の機能・便益やサービス以外にもたらされる魅力をいうのです。つまり、消費する時間の楽しさ、使用時の快適さ、さらには余韻といった付加価値を指しています。言い換えれば参加・体感経験によってもたらされる「心地よい経験」(参照:B・H・シュミット)のことです。
さて農業に戻って、「農」が「食」として生活者にどのような経験の場を与えられるのでしょうか。地元で採れた野菜を提供する農家レストラン、あるいは地場野菜中心の直売所など「農」がもたらす「経験価値」の提供は農業を理解してもらう大きな要因でしょう。「農業」を「食業」ととらえる発想の転換が必要な時が来ているものと思います。
JAMM取締役 林辰男
第1回:「市場疲労」から脱出しよう
このコーナーは、弊社取締役・林辰男が最新のマーケティングについてご紹介していきます。特に農業界だけに限ったものではなく広く社会の動向や企業の経営を示唆するものですが、農業経営にも参考となる提言を随時盛り込んで進めていきます。
今回は第1回として社会の変化とマーケティングのかかわり、農業界への提案を少しお話します。
「売れる商品を作る」
55年体制のつけが食、教育、制度まで拡がった結果、金属疲労や制度疲労という言葉が紙面をにぎわしています。
食の世界についても、最近では「雪印」から始まり、「不二家」「ミートホープ」「石屋製菓」など国内の優良企業に相次いで不祥事が起きていることはご承知のことでしょう。また、米国産牛肉や中国産野菜など海外からの輸入食品にも疑問を持たざるを得ません。
食の世界を含めてまさに「市場(マーケット)疲労」が起きているのです。
その要因として挙げられるのは「供給と需要のアンバランス」ではないでしょうか。
55年体制の下では「作れば売れる」時代が長く続きました。農業界も同じように「作ったものを売る」ということでした。
しかしながら経済成長という名目で、食品は次々と自由化され海外から格安の生産物が輸入されました。日本の消費者は「より安い」食品に傾倒し、日本のエネルギー自給率は6年続いた40%をついに割り込み39%となってしまいました。(ただし消費金額ベース自給率は70%を維持)
これが「需要と供給のアンバランス」の1つでもあるのです。
このミスマッチがあちらこちらでほころび始めたのがこの21世紀初頭の現象なのです。農業界以外の産業を見ても同様なのです。
従来の「供給(生産者)サイドの専制主義」が崩壊して「需要者(生活者)サイドの民主主義」になっていることに気がついているかどうかが問題なのです。
農業界にとっても今までのように「作れば売れた」「作ったものを売る」時代から顧客ニーズに合わせた農業すなわち、「売れるものを作る」という方向転換が必要でしょう。
「顧客の食の実態を知る」
要は顧客(最終の消費者)から要求される農業への変革が求められるのです。
顧客ニーズを捉えて、生産から消費さらに廃棄(残渣処理)まで含めて生産・販売の仕組みを作ることです。そうしたことから、農業界にもビジネスに必要なマーケティング思考が求められるのです。
「耕す農業、収める農業」から「売れるもの、求められるもの」を作り、ビジネスとしてきちんと利益を得る農業に変革するときが来たのです。
一概に農業の変革といってもピンと来ないかと思います。
そのキーワードは「農業から需要を考える」のではなく「需要から農業を考える」ということです。これはまさにコペルニクス的発想の大転換というほど重要なことです。
従来、米を作っていた、野菜を作っていた、肉牛を飼育していたという発想からそれを消費する側の「食事=食卓」から発想するということへの転換です。
米は「牛丼」や「炊き込みご飯」「カレーライス」「チャーハン」などになるのです。野菜は「サラダ」「肉じゃが」「浅漬け」などになるのです。
この発想が必要なのです。ごぼうと人参の組み合わせで「きんぴら」になるということですね。「きんぴら」から発想する農産物づくりをすると生産の考え方が変わってくるのでしょう。
つまり、農業の視点を変えることによって、農業や農業技術のよりよい発展が望めるのではないでしょうか。
それは「農業」を「食業」とか「生命業」あるいは「環境保全業」まで広く捉えなおしてみることが必要なのです。
「顧客ニーズは耳、目、足で捉える」
さて、これらの実行のために必要なことは何でしょうか。
まず第1は、生活者の食の実態を知ることです。そのためには出来るだけアンテナを拡げ、情報収集を行ったり、デパートやスーパー、コンビニの惣菜売場を観察することがとても大事なのです。
朝食のメニュー、昼食は何を食べているのか、夕食はどのように摂っているかなど「食材」を知ることが大切なのです。
第2は、最終消費者(顧客)と直接対話することです。お客様の声を聴くことは商品改良や次の商品開発の大きなヒントとなります。さらには作り手側のビジョンや作り方を説明し、農業への理解を深めることが重要です。
第3は、異業種ネットワークを持つことです。農業界だけの範囲では捉えきれない社会の動向を知ったり、他企業の顧客対応、危機管理などを身近に学べるからです。
これからの農業再生の道は農業界からのメッセージを都市の生活者に発信し、農業への理解を深めてもらう、生活者一人一人が農業への関心を抱き、生産者と消費者がワントゥワンの関係を築く事が必要ではないかと思います。